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昔のバイクで好きなものホンダドリームcb400f!

現在のバイクは高性能で低燃費、デザインも美しく壊れにくい文句の付けようがありませんが、あの頃(60年代~)のオールドビッグバイクには、4大メーカーそれぞれの味がありました。
年代によって懐かしいバイクは 人それぞれ違うでしょうが 、その年代年代で素晴らしいバイクが誕生してきました。
昔のバイク旧車でしか味わえないものも多いですよね。
しかし、最近は、ビンテージバイクがリバイバルされて人気車種になったりしていますね。
完全に初心者向きのバイク、マニア向きのバイク、初心者はおろかベテランまでも恐れてしまうバイク。発売されたもののすぐに生産中止になってしまったバイク等など・・・また、今発売されているバイクの原形はこれだったか・・なんていうものもありました。
1974年にホンダから発売されたホンダ ドリームcb400fが好きでしたね。
シンプルなソリッドカラーにステッカーのロゴは、非常に新鮮に見えたものでした。集合マフラーも画期的だったし、独特なラインを描いたエキパイもカッコよかったです。
キャッチコピーは「おぉ400。お前は風だ。」だったのに、暴走族をイメージするとかで、「お前が好きだ」って変わったんでしたっけ。
今となっては100万以上するものもあって、人気のバイクですね!

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ホンダcb400fはプレミア付き!

1975年に行われた免許制度の改正によって教習所で取得できる中型二輪免許が400cc以下となり、408ccの排気量を持つcb400fは中型二輪免許では乗ることができなくなってしまいました。
これに対応して、排気量を398ccとして発売された国内向け専用追加モデルがCB400FOUR-I(F-I)、およびそのアップハンドルモデルFOUR-II(F-II)です。つまり、当時は3機種のCB400FOURが同時に存在したことになりますね。この国内専用モデルの生産は、一説には6000台程度といわれています。色々な理由から、短期間で生産終了となってしまうのですが、当時、中型免許で乗れる唯一の4気筒車として、絶大な人気があったため、その生産中止は、当時のバイク雑誌のトップ記事になる程でした。
発表からおよそ四半世紀を経過した現在でも、ホンダcb400fファンは多いですネ。国内に流通しているものには、カリフォルニアなどから逆輸入された物が多く見られますが、これらは当然408cc仕様です。
また、中には輸出最終型のバックステップでないタイプも見られるようです。現在はプレミアが付いているため、車体の程度により100万円以上の高値が付く場合もある。 また、中型自動二輪車と大型自動二輪車の関係で408ccの方は398ccの方よりも格段に安いのが現状です。


ホンダcb400f コストダウンのためのカラーって知ってた?

それまでの不評だった CB350FOUR の後継機種として誕生したホンダドリーム cb400fは、人気を博したモデルといえるでしょう。
当時、このクラスの国産車唯一の直列4気筒モデルであったCB350FOURは、当時の4気筒CBシリーズの末弟であり、シリーズトップモデルであるホンダドリームCB750FOURに乗ることを「ヘルメットを2つ被ってもらわないと・・・」と周囲に止められた創業社長の本田宗一郎が「ならば、俺にも乗れるのを作れ」と言う一言で計画されたともいわれています。
cb400fは、当時流行し始めた集合マフラーと後退したステップを採用した軽快なカフェレーサースタイルを全体に取り入れ、一躍、人気モデルになりました。この際、CB350FOURの開発時に本田宗一郎から指摘されていた「エンジンの冷却フィンを増やすように」という指示を実現したといわれています。メタリック塗装に金属のエンブレムが一般的だった当時において、シンプルなソリッドカラーにステッカーのロゴは、非常に新鮮でしたが、同時にコレはコストダウンでもあったようです。集合マフラーも軽量化とコストダウンの為であったといわれいています。
発売後、「おぉ400。お前は風だ。」というカタログのキャッチコピーが暴走族による暴走行為を連想させるような文であると当時の警察から指摘され、後に「お前が好きだ。」というコピーに変更されたのは有名な話ですよね。

ホンダドリームスーパースポーツcb400f

ホンダドリームスーパースポーツcb400f
カフェレーサータイプのドレスアップをメーカーが行い、
4in1の美しい集合マフラー、コンチハン、ロングタンク、バックステップと、マニアが手を入れるところがないぐらいにドレスアップされていましたね。今でもホンダ車にこのデザインは踏襲されていますよね!発売当時の価格は、32万7000円
良く売れていましたよね。すごい人気だったような気がします。
暴走族にも多かったような気がします。実はこのバイク中型二輪免許制度の変更時期(1975年)にできたことで、400Fは排気量が408ccという中途半端な数字になっていたんですよね。後に免許制度にあわせて398ccのF-1が発売され、そちらの方が一般的になっていったのでしたっけ。
滑らかに回るエンジンはさすがに優等生ホンダエンジンで、当時のごつごつ無骨に回るエンジンとは一線を画していましたよね。
しかし、元々高回転で馬力を稼ぐタイプのエンジンで、低速で街乗りするのには不適当だったように思います。

cb400fのころのホンダはこうでした

cb400fを発売した頃のホンダはどんな会社だったでしょうか。
cb400fは1974年12月に発売されましたが、その年の前後はホンダにもいろいろなことがありました。

まず1972年には、アメリカ合衆国で「世界一厳しい」と言われた排気ガス規制「マスキー法」を「CVCC」というエンジンで世界で初めてホンダがクリアし、シビックを売り出しました。
マスキー法は、これをクリアする会社はないとまで言われた厳しい排気ガス規制でしたが、日本の中小メーカーであったホンダが最初に達成したということで大変な話題となりましたね。

翌年の1973年には、ホンダの創業者である本田宗一郎社長と藤沢副社長が退任し、2代目の社長として河島喜好が就任しました。

そして1974年のcb400f発売とつながります。
ただ、この年は自動車メーカーとして軽自動車部門からは一時撤退しています。排ガス規制でシビックが売れる中、軽自動車ではなくコンパクトカーを売っていこうという戦略でした。

ホンダといえばレースですが、このころはオイルショックの影響も大きく、「速く走れば良い」という時代ではなく、「以下に燃費を抑えて排ガスもキレイにするか」がポイントだったため、レースへの参入は中止し省エネタイプの研究に力を入れていました。

cb400fはコストの関係もあり、3年ほどの短い期間しか発売されませんでしたが、こんなホンダのこだわりが随所に見られる名車でしたね。



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